みちのく潮風トレイル歩行録

八戸~女川まで歩きました。 みちのく潮風トレイルを歩いた時の思い出を、当時の記録や記憶を頼りに書いていきます

岩手県大船渡市 潮目~三陸鉄道三陸駅

 三陸駅前に建つ、派手にペイントされた外観の建物。一目で分かった。ここが潮目だ。

 中に入ると、石塚峠で出会ったハイカーさんが休憩していた。話を聞くと私と同じルートでここまで来たが、鍬台峠の最後で私と同じように迷ったらしい。 

 ここで潮目について新たなことが解った。潮目は現在ではハイカーのための休憩施設として開放されているが、元々は子供達の遊び場として地元の人達やボランティアの人達で造り上げ、何度か場所を移して現在はここに落ち着き、震災時の写真等を展示してある震災伝承施設としての側面も持っている(むしろこっちがメインか。Googleマップにも大津波資料館 潮目と表記されている)ことを知った。
 
 潮目を見学したり、トレイルの話をしていると初老の男性が登場。この人こそこの潮目を造り、トレイルルート上に様々なオブジェを設置した越喜来のトレイルエンジェル・片山和一良さん(ワイチさん)だ。
 潮目やオブジェに施された派手なペイントから、私は勝手にもっと若い人だと思っていたが、ワイチさんは若者以上のアグレッシブさを持ちホスピタリティ精神に溢れる人物。タイミングが合えば潮目を訪れたハイカーを連れて近くの名所を案内してくれる。この時は夕方近くということもあって、一緒に近くの店に食事に行くことになった。

 三人で訪れたのは、三陸駅から少し離れた所にある三陸サイコー商店街。その中にある秀っこねえという店に入った。秀っこねえは昼は食堂、夜は居酒屋の店で現在はスタンプポイントにもなっている。三人でそれぞれ自分の好きな定食を注文。朝から食事をしていなかったのもあり、とても美味かった。
 食事が終わり、潮目に戻る途中の我々に駆け寄ってくる人が。環境省大船渡自然保護官のSさんだ。Sさんは越喜来在住で、潮目にハイカーが訪れた際はよく顔を出してくれるそうだ。

 この後は潮目でトレイルの話をしたが、Sさんからは興味深い話をたくさん聞かせてもらった。釜石駅前の囚われの標識が、標識を設置した後柵を設置されてしまったという事情もこの時教えてもらった。もっと話をしたかったが、そろそろ宿に行く時間になったのでここで皆さんとは別れ、宿へ向かう。宿までは場所を知っているSさんが案内してくれた。

 とまり荘
 2021年4月当時は三陸駅すぐ近くにあったアパートのような建物。恐らく元々アパートだったものを宿泊施設として利用していたのだろう。
 部屋も普通のアパートの部屋と同じく、冷蔵庫や洗濯機、布団等生活に必要なものが一通り揃っている。
 前回の記事にも書いたが、ネットで調べたところ現在は別の(元の?)場所に移ったと思われる。現在も同じ場所で営業しているかは不明だが、もし営業していたとしても三陸駅前には潮目があるので、ここを利用するハイカーは少ないと思われる。


 続く。